2015-10-31
闘病記 WAISーIII
リハビリの作業療法での粗探しの一環でWAIS(レイスと読むそうです)なる知能テストをやりました。本当はいいのかどうか知りませんが、作業療法の時間枠を使って、随分と時間を掛けて実施しました。テストも時間が掛かりましたが結果の計算もとても面倒なそうで、後のことを考えると頭が痛いという療法士さんの愚痴付きです。
で集計結果を見せてもらいましたが、動作性と処理速度が116で他はすべて130越え、総合指数で132とかいう結果でした。知能テストなら平均100、標準偏差が15が普通です。このテストはどういう平均、σになっているのか、気になって調べてみました。ネットで調Googleの検索窓に「WAIS」と入れたらいきなり「 ウェクスラー式成人知能検査」がサジェストされました。さすがのgoogle先生です。でもって調べてみたらやっぱり平均100の偏差15でしたね。指数130越えは「特に高い」のだそうですが、脳溢血後のリハビリで出たのはちょっと微妙ですね。
リハビリ的にはこの検査で失われた機能の有無をチェックするためのもののようで、平均以上(100以上)の指数が出ていれば問題無し、という判定になるようですね。厳密に脳溢血の影響を調べようというのであれば発症前後の指数を比較するのが筋なのでしょうが、通常は発病前の指数はわかりませんから、発症後の現状チェックとして使っているようです。
ただ、このテストでは、分野毎の数値が取れ、分野間に大きな(σ以上)の差があると障害の疑いがあるとかで。この点がリハビリ的に都合がいいのかも知れません。私の場合、注意行動と処理性能の指数が低くなっていましたから、その辺りが脳溢血の影響なのかもしれません。まあ、処理性能の低下については実感があります。でも注意力については元々低い方なのでこれは病気の所為かどうか。でも社会復帰するのは回りへの注意が健常時よりも(危険を避ける為に)必要になるのだそうです。この辺りはリハビリで訓練すべき項目になるのでしょう。
2015-10-30
闘病記 粗探し
「リハビリのはじめはまずは粗探し」※ああ帯広の方、ごめんなさい。
というわけで各リハビリともに粗探しからスタートしました。言語療法については数回チェックしただけで概ね問題無かろうということで打ち切られました。理学療法については、その時点でできること、できないこと、をテストしていきました。まあ、これには病院でどの様な介護体制が必要になるかの見極めでもあったようです。私の場合、歩行器でなら移動可能、ただし見守りが必要、という状況と判定されました。まあ、この時点では歩行器無しでは移動困難でしたから、こんなものでしょう。
因みにこの時に「転倒リスク」なるものをチェックされていたようです。なんでも56点満点で、高ければ低リスク、低ければ高リスクなんだそうで。私の場合、初期チェックでは44点で、歩行器必須の水準だったようです。でもってほぼ一ヶ月後、先日の再チェックでは50点で歩行器が不要になるレベルに達していたようです。
粗探しに一番時間が掛かったのが作業療法で、概ね一ヶ月掛かりました。まあ、チェックする事項がやたらと多いためでしょう。前半二週間で概要チェック、後半二週間で詳細チェックといった感じでした。入院時の状態としては視線の移動に視覚が追い付いていない状態で、横の紙を見ての計算とか内容の転記に困難を感じる水準でした。一応、復職を目指す私としては非常に宜しくない状況でした。ただこれも一ヶ月のリハビリで視線の移動については随分と耐えられるようになって来ましたし、一瞥で記憶できる量も随分と増えて来ました。
まあ、自主トレとしてのブログ記事書きもそこそこ効果が出ているようです。ただ発病前と比べると文章の入力速度がいくぶん低下したように思えます。
※知らない人は六花亭で「ひとつ鍋」を買いましょう。まあこちらを読めば一目瞭然かな。学生時代の友人に十勝出身者がいまして、やたらと熱く語られました。
2015-10-29
闘病記 禁酒禁煙
転院先の病院の説明にはカミさんも来ていました。カミさん、いつも出していた大辛の塩鮭(普通の塩鮭を家で塩漬けにし直すのですよ、茶漬け、おにぎりには最高!)が脳溢血の原因になったのかも、と気にしていて、脳溢血後の食事についての注意事項を聞きまくっていました。
担当のお医者さんが言うには、「絶対にこれはダメ」というような食べ物はありませんよと。ただ、血圧と体重を計りながら、それらが一定範囲に収まるように食事するようにしてください、ということでした。カミさん的にはこれで一安心したようです。私的にも一安心、入院してすぐに読んでいた記事がこれですからね。まあ、入院中、カロリー制限中の患者が見るには宜しくないシリーズです。
でもお医者さんの話には続きがあって、「でも酒とタバコはダメですよ」と続きました。今のところ、酒タバコで脳溢血発症のリスクがどれだけ上がるかはわかっていませんが、脳溢血既往の人に限っては、酒タバコは命懸けになります、ですと。
まあ、私の場合酒は無くても問題ありませんが(でも夏のビールは惜しい)、タバコはヘビースモーカー (ピース吸い) の身には結構辛い話です。とはいえさすがに入院中は吸えませんので、この時点で入院から一ヶ月、現在に至るなら二ヶ月、禁煙を通しているわけで、タバコを辞めるいい機会なのかも知れません(また値上りするようですしね)。
というわけで入院二ヶ月で禁煙も二ヶ月経っています。このままタバコを辞められるといいのですが、ちょっとばかり不安材料があるのですよ。よく、禁煙した人はタバコの臭いが臭くなったと聞きます。実はリハビリの歩行練習コースの裏手に、病院の喫煙所があるようでして、歩行練習しているとたまにタバコの臭いが漂って来るのですよね。どうも大方の人には気にならない程度の臭いらしいのですが、私にはこれがいい臭いに感じられるのです。これって、禁煙しなければいけない身にはマズイのではないでしょうか。退院するまでにはタバコが臭いと感じられることを祈っております。
2015-10-28
闘病記 目標
普通の病院では患者が退院していいかどうかの状態は基本医者側が判断するのですが、リハビリ専門病院の場合には、何を以ってリハビリの完了と看做すかの目標がは患者側の希望によって変わって来くるのだそうです。そりゃ家で療養を続けたい、という人と、元の仕事に復職したい、という人とでは目標とする水準が異なっていて当然でしょう。目標を決めるのは患者(家族)の希望、その水準に達したかどうかを判定するのが病院側の担当、という切り分けになるのだそうです。
見た感触ですが、若い人、現役で働いていた人はやはり復職を目指しているようです。一方、それなりのお年の、いかにも御隠居、という風情の人は自宅療養を目指している方が多いように見受けられます。ですが同じぐらいのお年寄りでも、女の方は家事一般ができるレベルを目指す方が多いようですね。お買い物の練習をされている方を良く見かけます。私の場合は、もちろん現役復帰が目標です。
現役復帰を目標とすると通勤という壁が聳え立って来ます。通勤に耐えられる運動脳力と体力を目指すのはなかなかに高い目標になります。とEvernoteでメモを書いていたら関連性の高い記事としてこんな記事がサジェストされました。まったく弱った体には東京の通勤事情はハードすぎです。
記事を見てみたら小田嶋さんのカラムでしたね。あれ、小田嶋さんも入院していたんだと過去記事を辿っていったら、こういうことがあったようです。足のリハビリに二ヶ月というのは標準なのでしょうかね。私の転院先でも治療期間の初期見積がやはり二ヶ月になっていました。こうして復職、社会復帰を目指してリハビリが始まりました。
2015-10-27
闘病記 転院
脳溢血で倒れて入院してから(シルバーウィークを挟んで)四週間でリハビリ専門の病院に転院しました。
最初に担ぎ込まれた病院はERを持っている、いわゆる高度医療病院なので次の緊急かつ重度の患者に備えて病室を空けて置きたい、という考えがあるようです。また病状が安定した回復期の患者は専門の病院で時間を掛けてリハビリを行なうのが望ましいというのもあるようです。という訳で発病後四週間経ったところでリハビリ専門の病院に転院しました。
転院してすぐに担当医から病状とリハビリ病院でやっていくことの説明がありました。ブログの脳溢血と麻痺ネタの半分はこの時の説明だったりします。
この先生の説明によればリハビリの最初の一歩は「粗探し」なのだそうです。まずは何処に不具合があるのかを見つけ出すのがリハビリのスタートだそうですね。肉体的な不具合はまあ、動かしてみればそこそこ判るのですが、いわるゆるADLと呼ばれる日常動作系になると、実際に色々とやってみないと不具合が現れて来ません。入院してしばらくはこのような粗探しに費やされるのだとか。まあ、言わんとするところは良く判ったのですが「粗探し」はどうよ、もう少しポジティブな言葉は無いものか、と思ったのですが、意外とピッタリ来る言葉がないものですね。結局、「粗探し」を使い続けることになりました。
さて、粗探しで不具合が見つかったら修復に入ります。脳溢血(脳出血)の場合、不具合があることが判ってもそれが神経の壊死によるものか麻痺によるものか、または単なる筋力低下かは判りませんので、基本的には治るものとして修復訓練していくのですね。まあ、神経が壊死していた場合でも、生命維持系のクリティカルなものでなければ、代用というか補完する神経や筋肉があるのだそうで、訓練すれば大抵は修復、代替が可能になるのだとか。とういうことで本格リハビリが始まったのでした。
2015-10-26
闘病記 自動販売機訓練
リハビリは、理学療法、作業療法、言語療法という3つの担当者の共同で進められていきます。私もですが、いわゆる「リハビリ」でイメージするのは理学療法でしょう。これは運動面の不具合を修復していくもので、手をひっぱたり脚をひっぱたりとするものです。言語療法は文字通り言葉に関する障害の修復です。私には出ませんでしたが、一部の言葉が発声できなくなるとか、言葉が失われるような障害への対処です。そして作業療法、これは日常の動作についての不具合を修復しようというもので、単なる運動機能よりも一段上の、高次の機能の再訓練を行なうものです。
私の場合、言語については特に問題が無い(だろう)とのことで、リハビリは作業療法、理学療法のセットでした。当初の作業療法で異様に印象に残ったものがあります。作業療法では、手を使っての色々な(まあ日常的な)動作を試して行くのですが、その中にコイン(ゲーム用のコインみたいなもの)をスロットに入れて行く訓練がありました。見た目は自動販売機にお金を入れる動作そのものです。私は勝手に自動販売機の練習、と呼んでいました。
私の場合、不具合は左半身にかたまっていたので、左手でやってみてください、と言われてやってみたら、コインをボロボロと半分がところ落してしまうのですね。これは個人的には結構ショックで、ああ、もう自動販売機使えないのかと落ち込みました。まあ良く考えて見れば、右手なら使えるし、コイン一枚で買える自販機だってあるわけですしね。この話、娘にはパスモが使える自動販売機だってあるでしょう、と力付けられましたね。
この後気付いてみると、病院の自動支払い機、小銭は受け皿に投入するタイプでした。手の動きの悪い人に配慮したものだとのことです。転院したリハビリ専門病院では、外来ロビーの自販機まで受け皿タイプのもので揃えてありました。流石です。
なお動きの悪かった左手ですが、流石にリハビリ専門病院に転院して一ヶ月経った今ではほぼ普通に使えるようになっています。
2015-10-25
闘病記 リハビリ開始
病状が安定した辺り、時期的には二週目ぐらいかな、シルバーウィークの前の週です、からリハビリが始まりました。後で調べたり聞いたりしたところによれば早くリハビリをはじめれば、それだけ復帰も早くなる、とかで早めのリハビリ開始が推奨されているようです。
私の場合には食事がお粥から通常食に切り替わった辺り、と記憶しています。最初は病棟内(病室のあるフロア)のリハビリコーナでのリハビリでした。まずは病室から車椅子で運ばれて、立ち上がる練習をしたのですが、左足がふらついて、パイプにしがみついてやっと立ち上がる始末でした。ベッドの上に座って(上体を起して)腕を横に伸ばせば、上体もそちらの方向に倒れていきます。脳溢血の影響か安静による筋力低下なのかはわかりませんが、上体の保持ができなくなっていました。
同じ頃に言語についてのリハビリも始まりました。こちらについては多少、言葉の不明瞭があったものの、これは顔の麻痺の影響だろうということで、言語分野のリハビリは早々に打ち切られたようです。リハビリ専門病院に転院してからも言語、日常系、運動系の三分野のチェックがありましたが、言語分野はチェックだけで後はスキップされたようです。
病棟のリハビリコーナーでなんとか掴まれば立てるようになったら、病院のリハビリ室(大きい病院だけあってリハビリ科がありました)に移っての本格リハビリ開始です。腕を動かすリハビリと足を動かすリハビリの二本立てで、初日は一時間のリハビリでしたが病み上がりの身にはなかなかヘビーで、リハビリの後、病室に戻って二時間寝込む有様でした。リハビリが始まってすぐにシルバーウィークでリハビリは暫しお休み(ベッドの上での手足の運動だけはやっていましたが)、シルバーウィークが明けたらした、もう急性期は過ぎたとの判断でリハビリ専門病院への転院(休みの間もリハビリ有り)を勧められました。
この時点で掴まり歩きはOK、歩行器での移動もOK、自立はなんとか可能(掴むものがあれば)、でも補助具無しでの歩行は数歩が限度、という状況でした。
まあ、上半身を起こすのに苦労していた当初からすれば日数の割にそこそこに進展があったと言えるでしょう。ある日のリハビリで、なんというか掴まり歩きのコツが掴めたようで、それから一気に掴まり歩きができるようになったのです。でも、その達成感がリハビリの指導員の方にも通じたのか、一人で勝手に動いちゃだめですよ、と釘を刺されました。
登録:
投稿 (Atom)