ページ

2015-10-24

闘病記 病院の食事


絶対安静時の栄養点滴から、お粥主食の病院食、ご飯主食の通常食と、順次普通のご飯に近づいていきました。どこかの国(そうメシマズで有名なあの国)では病院の食事のあまりのまずさが政治問題化したとかいうニュースがありましたが、そこは流石の日本、お味の方はそこそこの水準をキープしています。しかし量の方が何とも少ないのです。

動けるようになって廊下に張り出されているお食事メニューと見比べてみると、出てくるものは一部省かれています。気付いてみればカロリー制限食になっていたのでした。治療方針についての医者の説明の時にこの点聞いてみました。


  • 医:入院時の体重85kgは過重なのでこの機会に10kg目安で減量してみましょう(だからカロリー制限ね)。
  • 私:あの、点滴栄養の間に体重が減って現在75kgになっているのですが(カロリー制限いらんでしょう)
  • 医:ならその体重を維持するためにカロリー制限続けましょうね(ニッコリ)

ということで私の夢と希望は打ち砕かれてカロリー制限(1400㌔cal)が続くことになったのでした。入院中は、たとえリハビリがあるにしても、基本はベッドの上で安静、です。そういう意味では必要なカロリーも少なくていいのでしょうが、普段の食事量からすると感覚上は半分以下の食事です。特に晩ごはん直前ともなると、空腹で目が回りそうでした。

リハビリ専門病院に転院してもカロリー制限は続いています。ただリハビリでの運動量の関係でしょうか、現在は1500kcalのカロリー制限です。実感としては主食の御飯が一口分増えた感じです。でもこれで晩御飯前の空腹感はなくなりました。運動量増えているのでカロリー増やした方がいいかも、という話もありますが、転院以来四週間で、体重が1kg減っただけなので、カロリー的には足りているようです。

2015-10-23

闘病記 降圧剤について


脳溢血は高血圧によるものが多いそうで、基本的には降圧剤による血圧のコントロールが必要になります。入院から絶対安静期には降圧剤の点滴を受けていましたが、絶対安静が解除されて通常食になった頃には、点滴から経口薬に切り替えられました。一世代前、親の世代の降圧剤は効き過ぎた、効きが足りなかったとやたらとこまめに量を調節していたイメージがありますが、処方された降圧剤(二種類)は朝飲むだけで充分効果を発揮するものでした。

飲み出した後になってから病院附きの薬剤師さんが薬の説明に来ましたが、説明書を見ると、グレープフルーツが禁忌となっていました。直前の食事にグレープフルーツが出たところだったんですがね。以降食事にはグレープフルーツ厳禁というメモが付けられるようになりました。

さて、処方された降圧剤のひとつは「アムロピジン」というお薬。これはカルシウムチャンネル拮抗剤と呼ばれるお薬で、末梢血管を拡張して(収縮を阻害して)血圧を下げるというお薬。有り難いことに効き目が安定的で持続時間が約30時間、毎朝飲めば一日中効いている、という優れものです。これのおかげで細かな量の調整が不要になったようですね。

ただこのお薬、グレープフルーツが禁忌だそうです。グレープフルーツに含まれる成分がカルシウムチャンネル拮抗剤の効きを上げすぎてしまうのだとか。ちょっと調べてみたら グレープフルーツというかそのもとになっているブンタンの成分が問題で、ブンタン系列の柑橘類はどれもまずいようですね。ただ実際にまずくなるのはグレープフルーツジュースガブ飲みレベルの量を摂取した場合で、実際問題としては他の柑橘類で問題になることはまず無いようです。

ここでですね、宜しくない成分のひとつがベルガモチンとかいうモノでして、名前から想像できるようにベルガモンにも含まれています。でもってベルガモンとくれば紅茶、アールグレイの着香成分です。となるとアールグレイも飲めないのかとビビっていろいろと聞いて調べ回りました。まあ紅茶の着香程度なら問題なさそうです(というかお茶のカフェインの方が先に問題になるでしょう)。

処方されたもう一種類の降圧剤はオルメティックというもので、血圧を上げる体内物質の働きを阻害するタイプのもののようです。
まあ、こちらの薬についてはそこらの食べ物との禁忌はないようです。まあ、降圧剤自体の使用上の注意として血圧の下がり過ぎに注意、というのはありますが、病院で血圧を計りながら使う分には大丈夫なのでしょう。

2015-10-22

闘病記 脳溢血と麻痺


意識が戻ってしばらく、発作から約十日あたりから、絶対安静は解除されていきました。まずは束縛帯が緩められ、栄養点滴が終わって病人食(おかゆベース)に切り替わり、尿カテーテルも外されていきました。こうなって束縛がなくなってみると、食事の間、上半身を起こしていることができません。トイレには車椅子で運んでもらわないと行けません(まあベッドから車椅子、便座と車椅子の間の移動はかろうじて可能でした)。食事も箸ではできずにスプーンでないと食べられません(でも自力で食べられはしました)。どうやらこれが脳卒中による身体の各所の麻痺のようした。

さて以下の記載は、半分はあとで医者から聞いた話し(また半分は色々調べたネタ)になります。

脳溢血と書いてきましたが、Wikipedia的には脳出血にredirectされますね。こちらの方が今の用語なんでしょう。

脳出血では出血による血腫が神経を圧迫し、それによって(1)神経が壊死して機能不全を引き起こす、(2)神経が一時的に麻痺して機能不全を引き起こす、(3)療養のための安静が筋力低下等によって機能不全を引き起こす、のだそうです。

脳幹での出血では脳から延髄へと繋がる部分が圧迫を受けます。ここには生命維持のための神経も含まれていて、それらが機能不全になったならあの世にまっしぐらになるのだとか。出血によってどの神経がやられるかは全くの偶然だそうです。私の場合には幸い生命維持系統には影響が無かったようでした。

神経が壊死したケースは、これは回復不能だとか。でも大抵の機能は他の筋肉等で補償できるそうですね、まあ、訓練すれば、の話ですが。麻痺だけであれば血腫が吸収されて縮小すれば治る可能性があるそうです。ただし、これは下手すると年単位の時間がかかるそうです。筋力低下については再訓練すればまた動くようになります。ただ脳溢血の初期の段階、安静が解除された辺りでは、麻痺がどれによるものかは判別不能なんだとか。そういうわけで絶対安静が解除された辺りから即座に回復訓練、いわゆるリハビリが始まるのでした。

2015-10-21

闘病記 意識が戻ってみれば


病室で、ああ入院療養中なんだと理解できたのはERで意識を失なってから一週間後のことでした。意識を取り戻してみれば、右手には降圧剤の点滴、左手には栄養補給の点滴、下半身には導尿のカテーテルが差し込まれ、オムツで包まれてベッドに縛り付けられていました。

後で調べたところでは、降圧剤による血圧のコントロールと安静維持は脳溢血への標準的な措置なのですね。病室のベッドにいるだけで安静だと思っていたのですが、それにもレベルがあって上半身の起こせる角度まで制限される安静があったのでした。意識を取り戻した時点で私は三十度までに制限されていました。実感としてはベッドに縛り付けられた状態です。

私の記憶の中では、ベッドへの抑制は、夢の中で勝手にやられたもので、意識を取り戻すまでは何故そのままになっているのか理解できずに不思議に思っていたものです。あとでカミさんなんかから聞いたところでは相当に文句を付けて抵抗していたようです。

意識を取り戻したら最初にカミさんに頼んでスマホと充電器をもって来て貰い、溜まったメイルのチェックです(スマホ中毒の鏡だね)。でスマホを見てみると、左右の視界が重ならず(右目と左目で違う視野でものが見えるのです。気付いてみれば、顔の左半分は、歯医者で麻酔した時のように痺れたままです。どうやらその麻痺が目にも及んでいたようです。ですが、脳出血の麻痺がその程度で住んだのは不幸中の幸いというものでしょう。ちなみに口の中の麻痺は今でも残っています。視覚の異常は半分は近視遠視の度がズレた所為のようで、リハビリ中はメガネ無し(どうせ遠くは見ないし)で過ごして対処しています。退院したらメガネを作り直すことになります。

2015-10-20

闘病記 意識を取り戻すまで


さてERで意識を失ない、その後に、ああ自分は入院療養中だと理解できたのはほぼ一週間後のことでした。その間の出来事はほぼ私の記憶からは欠落しています。毎日医者が来ては、名前と生年月日、ここは何処と聞いて行ったのは覚えているのですが、ずっと何故聞かれているのかは判っていませんでした。途中病状に応じて病室を移っていたのですが、どこをどうしたのかも記憶にありません。この辺りは夢か現か判らない状態が続いていました。

この期間、カミさんと娘が毎日見舞いに来ていたのですが、家族との会話だけが現実に引き止めていてくれた気がします。ですが、あとでカミさんに聞いたところでは話しかけても全く訳の判らない、呂律の回らない、返答ばかりで、これはヨイヨイ確定かと気がきでなかったそうです。

2015-10-19

闘病記 はじまり


あれは8月末日の月曜日、月末の事務手続き面倒だな、と思いつつ朝起きて濃い紅茶を淹れて目覚めの一服を吸って(ショートピースだったりします)お出かけ前のトイレに入ったところ(こうやってみると脳卒中のフラグ立てまくり)猛烈な頭痛と吐き気におそわれました。

とりあえず家族には具合が悪いので午前中は休むといって寝込んだのですが、猛烈な吐き気がとまりません。娘が嘔吐用に洗面器を用意してくれたのですが、狙って吐くこともできません。さらに小便さえも、腰がたたずに漏らしだす始末です。ここに至って、これは只事では無いといってカミさんが救急車を呼び出しました。もう身動きできなくなっていたので、救急隊員に毛布で包んで持ち上げられる形で救急車に担ぎ込まれました。

ここでカミさんの大ヒット。ちょうど掛かりつけの脳外科があると伝えて、ちょっとばかし遠くでしたが、かかりつけの病院のERに担ぎ込まれました。こういう場合にはまずもってCTを撮るのですね。その結果、脳出血(脳幹)と判定されました。と、実は私の記憶はERに担ぎ込まれたあたりで途切れていて、それからしばらくは夢か妄想かよくわからない記憶しか残っていません。

2015-10-18

近況報告 入院中です

さて久しぶりの記事で近況報告をば。

腎臓癌手術から三年、いまだに経過観察中であるものの順調にすごしていたのですが、先日8月末に猛烈な頭痛と吐き気に襲われて身動きっできなくなり救急車で病院に担ぎ込まれました。診断によれば脳幹部の脳出血とのことでした。Wikipediaによれば非常に危険で予後も悪いものだそうですが、何とか急性期(一ヶ月)を脱し現在はリハビリの日々を過ごしております。

リハビリの一環としてPCへのキーボード入力の練習なんかもやっています。しかしリハビリ用のPCが随分と古いマシンでIMEが評判が悪かった頃の(今でもかな)MS-IMEなのです。ここしばらくはGoogleIMEを使っていたので操作的にかなり不満が高まっていました。そんなおりに娘が BTキーボード(なんと任天堂製)を持ってきてくれました。スマホのソフトキーボードでは狙ったところを押せずに入力困難なのですが、KBDがあれば入力も楽々です。これとスマホの組み合わせならGoogleIMEで入力も気分よくできるというものです。

まあ、脳出血で生き延びて、麻痺もごく軽くて、なおかつブログやっている人、となると結構珍しそうな気がします。そんなわけでリハビリの自主練習の一環として入院記なんぞをゆるりと作ってみようかと思っています。